ことの始まり

蹴りろくろ日記 (清和blog)
11 /29 2009
黄孫窯は1台の蹴轆轤(ケリロクロ)から始まりました。

沖縄で作陶の仕事をしていた36年前、蹴轆轤を作っていた「知念木工」に出会いました。知念木工では沖縄の地松を材料に使っており、本土の松より粘りがあり、重く感じました。知念木工のオーナーは、とても人の良いおじさんで、自慢話も交じりつつ・・・の仕事場の説明を楽しく聞いていました。

その後、川棚に帰省した時、地元の大工さんから“古い家の松の木の梁”を譲り受けました。それを沖縄へ持ち行き、知念木工にて蹴轆轤に生まれ変わりました。山口育ちの松ですが、made in 沖縄です。
その蹴轆轤を川棚へ持ち帰り、家の片隅に置きました。近隣にある色々な土を採取してきては湯呑を作りました。まだ窯は無かったので、唐津の友人の窯で焼いてもらいました。それが始まりです。

工房としての準備が整ったのは1年後。そこには樹齢100年を超える銀杏の木があったので、作品にしるす窯印には、銀杏の「葉型」を用いました。いよいよ工房の誕生です。
・・・が、工房の誕生から、「黄孫窯」と至るには、更に時間を要します。

続きはまた。


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森野 清和

黄孫窯
森野清和(もりのきよかず)

1949 山口県豊浦町生まれ。
1972 九州産業大学芸術学部クラフトデザイン科(産業陶器)。
1973 沖縄「壺屋焼」窯元で修行。土掘りから始まり、蹴りろくろでの成形を体験したことがその後のものづくりの原点となる。
1977 豊浦町川棚に黄孫窯を開く。
1989 萩焼 一二代「三輪休雪」氏に師事。
2006 豊浦町宇賀に清和工房を開く。「蹴りろくろ体験教室」開設。

※ 黄孫窯(こうそんがま)
樹齢100年を越える銀杏の樹の下にあります。銀杏は別名「公孫樹」といいます。窯名はこの「公孫樹」の名前に由来しています。

※ 森野悦子ブログは「あとりえ元氣の部屋」に独立しました♪
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